なぜAIプロジェクトは“PoCの墓場”と化すのか?「AI疲労」を乗り越えるPjMの5つの戦略

こんばんは!IT業界で働くアライグマです!

都内の事業会社でPjMとして、AI技術のビジネス活用を推進する立場にある私です。エンジニアとして長年、PHP、Laravel、JavaScript(最近はVue3での開発に注力しています!)といった技術でサービスを構築してきた経験から、新しいテクノロジーがもたらす可能性に胸を躍らせる一方で、その導入がいかに難しいかという現実も痛感しています。

ここ数年、私たちは生成AIという名の巨大な波に乗り、その可能性に熱狂してきました。「AIが全てを変える」「AIを導入しない企業は乗り遅れる」――そんな言葉が飛び交い、多くの企業が競うようにAIプロジェクトを立ち上げたのは、記憶に新しいところです。

しかし、2025年の今、その熱狂の裏で、新たな問題が静かに、しかし確実に広がっています。米経済誌Fortuneが「AI疲労(AI Fatigue)」と名付けたこの現象は、多くの企業で生成AIのPoC(概念実証)が期待した成果を出せずに失敗に終わり、現場の疲弊と、AIそのものへの幻滅感が広がっているという、厳しい現実を指摘しています。

この報道を裏付けるかのように、X(旧Twitter)では、「うちの会社のAIプロジェクトもPoCの墓場になってる…」「結局、AIで何がしたいのか誰も分かってなかった」「経営陣の『AIやれ』の一言で振り回される現場はもう限界」といった、生々しい声が溢れています。

なぜ、あれほど期待されたAIプロジェクトは、失敗に終わってしまうのでしょうか? そして、この「AI疲労」を乗り越え、真に価値あるAI活用を実現するために、私たちは何をすべきなのでしょうか? 今日は、AIプロジェクトの最前線に立つPjMとしての私の視点から、この問題の本質と、その処方箋について考察していきたいと思います。

「AI疲労」という新たな病:なぜ企業のAIプロジェクトは失敗するのか?

まずは、「AI疲労」とは何か、そしてなぜ多くの企業のAIプロジェクトがPoCの段階で頓挫してしまうのか、その原因を探っていきましょう。

Fortune誌が報じた「AI疲労」の正体

Fortune誌が指摘する「AI疲労」とは、単にAIのニュースに食傷気味だという意味ではありません。それは、AIに対する過剰な期待(ハイプ)と、ビジネス現場での地道な現実との間に存在する、あまりにも大きなギャップから生まれる、組織的な疲弊と幻滅感を指します。経営層は魔法のような成果を期待し、現場は曖昧な指示と技術的な課題、そしてデータの壁にぶつかり、疲弊していく。この悪循環が「AI疲労」の正体です。

PoC(概念実証)の“墓場”:よくある失敗の5つのパターン

私の周りで見聞きする話や、Xで語られている事例を総合すると、失敗するAIプロジェクトには、いくつかの共通したパターンがあるように思えます。

  1. 目的の不在:「AIを使うこと」が目的化する 最も多い失敗パターンです。「AIを使って何かやれ」というトップダウンの指示から始まり、「何を解決したいのか」という最も重要な問いが不在のまま、流行りのAIツールをとにかく試してみる。これでは、価値ある成果が生まれるはずもありません。
  2. 過剰な期待:AIを「魔法の杖」と勘違いする AIが、まるでドラえもんのひみつ道具のように、どんな課題でも一瞬で解決してくれると誤解しているケース。AIの現在の能力と限界を正しく理解せず、非現実的なゴールを設定してしまい、結果として「期待外れ」に終わります。
  3. データの壁:AIの“食事”がない、または質が低い AI、特に生成AIは、大量かつ高品質なデータを「食事」として成長します。しかし、いざプロジェクトを始めてみると、「AIに学習させるための適切なデータが社内に存在しない」「データはあっても、様々なシステムに散在し、形式もバラバラで使い物にならない」といった「データの壁」にぶつかることは非常に多いです。
  4. 現場の無視:孤立した「AI研究室」 一部の専門家チームが、実際の業務プロセスや現場のユーザーが抱える真の課題から切り離された形で、「お勉強」としてのAI研究を進めてしまうケース。どれほど技術的に高度なプロトタイプが完成しても、現場のワークフローに組み込めなければ、それは自己満足で終わってしまいます。
  5. 「PoC貧乏」と予算切れ:次の一歩が見えない 小規模なPoCを繰り返すだけで、それをどうビジネスに繋げ、どう本格導入していくのかという明確なロードマップがないまま、時間と予算を使い果たしてしまう。経営層も現場も「PoC疲れ」を起こし、プロジェクトは自然消滅します。

Xで語られる本音:「うちの会社も同じだ…」

Xでは、こうした失敗談に対して、「うちの会社のことかと思った」「わかりみが深すぎる」「AIという言葉に踊らされた結果…」といった共感の声が多数寄せられています。これは、この問題が一部の企業特有のものではなく、多くの組織が共通して直面している課題であることを示しています。

「AI疲労」を乗り越えるPjMの処方箋:成功に必要な「明確な戦略」とは

では、この「AI疲労」という病を乗り越え、AIプロジェクトを成功に導くためには、どのような「処方箋」が必要なのでしょうか。その答えは、タイトルにもある通り「明確な戦略」に尽きます。PjMとして、私が常に意識している5つの戦略をご紹介します。

戦略1:「技術起点」ではなく「課題起点」で考える

これが全ての出発点です。「この最新のAI技術で何ができるだろう?」から始めるのではなく、「私たちのビジネス/顧客/業務において、解決すべき最も重要な課題は何か?そして、その解決のためにAIは最適なツールか?」という問いから始めます。 時には、AIではなく、もっとシンプルな自動化や業務プロセスの見直しの方が、遥かに効果的な場合もあります。

戦略2:小さく、具体的に、測定可能に始める

壮大なAGIの実現を夢見る前に、まずは足元の具体的な課題から着手します。

  • 小さく: 会社全体ではなく、特定の部署の、特定の業務に絞る。
  • 具体的に: 「生産性を上げる」といった曖昧な目標ではなく、「問い合わせ対応の一次回答にかかる時間を平均30%削減する」といった具体的な目標を立てる。
  • 測定可能に: PoCの成功を判断するための明確なKPI(重要業績評価指標)を、プロジェクト開始前に定義する。

戦略3:現場の専門家を巻き込み、「使えるAI」を目指す

AIプロジェクトは、IT部門やDX推進室だけで進めても成功しません。そのAIを実際に使うことになる現場の業務担当者や、その業務に関する深い知識を持つ専門家を、企画の初期段階から巻き込むことが不可欠です。彼らのフィードバックを得ながら開発を進めることで、初めて「本当に使えるAI」が生まれます。

戦略4:本番導入までの「道のり」を初期段階から設計する

PoCは、ゴールではなく、あくまでスタートです。PoCを始める段階で、「もしこのPoCが成功したら、次に何をするのか?」、つまり、本格導入に向けたシステム連携、運用体制、コスト計画といった「道のり」を、大まかにでも設計しておく必要があります。これにより、「PoCの墓場」を避けることができます。

戦略5:経営層の理解と「失敗を許容する文化」

AIプロジェクトは、本質的に不確実性の高い「研究開発」の側面を持ちます。経営層には、その特性を理解してもらい、短期的な成果だけを求めるのではなく、長期的な視点で投資を継続してもらう必要があります。そして、全てのPoCが成功するわけではないことを前提とし、たとえ失敗したとしても、そこから得られた学びを組織の資産として評価する、「失敗を許容する文化」を醸成することが極めて重要です。

PjM/エンジニアとしてのリアルな視点

この「AI疲労」という現象について、私自身の立場からもう少しリアルな視点をお話しします。

PjMとして:「AIプロジェクト」という言葉の罠

私自身、最近は意識して「AIプロジェクト」という言葉を使わないようにしています。その代わりに、「顧客サポート業務の効率化プロジェクト」や「コンテンツ推薦精度の向上プロジェクト」といった、ビジネス上の課題解決を主語にした呼び方をします。そして、その解決手段の一つとして「AIを活用します」と説明するのです。

この言葉遣いの違いは、プロジェクトチームやステークホルダーの意識を、「技術」ではなく「目的」に向ける上で、非常に重要だと感じています。

エンジニアとして:技術的実現性とビジネス価値の橋渡し

エンジニアとしては、新しいAI技術に触れると、ついその技術的な面白さに夢中になってしまいます。私が普段使っているPHP/LaravelやVue3で、「こんなすごいAI機能を組み込めるぞ!」と考えるのは、エンジニアとして自然な衝動です。

しかし、プロフェッショナルなエンジニアとして、そしてPjMとしては、「技術的に実現可能であること」と、「それがビジネス上の価値を持つこと」は全く別の話であることを、常に自覚しなければなりません。私たちの役割は、両者の間に立ち、技術の力で真のビジネス価値を生み出すための「橋渡し」をすることなのです。

「AI疲労」は、AIが“普通”の技術になるための成長痛

この「AI疲労」という現象は、決して悲観すべきことばかりではありません。私は、これがAIという技術が、過度な期待や魔法のようなイメージから脱却し、私たちの業務に当たり前に存在する「“普通”の技術」へと成熟していくための、健全な成長痛なのだと捉えています。

まとめ:AIへの「熱狂」から「戦略」へ。成熟した向き合い方が未来を創る

Fortune誌が報じた「AI疲労」と、それに伴う企業プロジェクトの失敗の増加は、AIの熱狂的なブームが一巡し、私たちがより現実的で、より成熟した向き合い方を求められている段階に入ったことを示しています。

多くの企業や開発者が直面するこの課題の根源は、AI技術そのものではなく、「AIをどう使うか」という明確な戦略の欠如にあります。

  • 課題起点で考え、
  • 小さく、具体的に始め、
  • 現場を巻き込み、
  • 本番までの道のりを描き、
  • そして、失敗から学ぶ文化を持つこと。

PjMとして、また一人のエンジニアとして、私はこの原則に立ち返ることこそが、「AI疲労」を乗り越え、AIという強力なパートナーと共に真のビジネス価値を創造するための、唯一の道だと信じています。

AIへの向き合い方が、「熱狂」から「戦略」へと変わる今。私たち一人ひとりの、より賢明で、より地に足のついた取り組みが、AIの健全な未来を創っていくのです。