
「一人情シスの限界」は乗り越えられる。PjMが授ける、会社のITを“たった一人で”改革する生存戦略
こんばんは!IT業界で働くアライグマです!
以前、このブログで「一人情シスの末路」という記事を書いたところ、非常に大きな反響をいただきました。おそらく、多くの読者の方が、記事で描かれた「鳴り止まない電話」「終わらないヘルプデスク業務」「誰にも理解されない孤独感」といった状況に、ご自身の姿を重ねたのではないでしょうか。
「限界だ…」—。そう感じてしまう気持ちは、痛いほど分かります。一人情シスは、しばしば会社のITに関する全てを一人で背負う、極めて過酷なポジションです。
しかし、本当にそのキャリアは「末路」しかないのでしょうか?私は、PjMとして様々な規模の企業と関わる中で、そうは思いません。見方を変え、戦略的に動けば、一人情シスは「会社のITをたった一人で改革できる、最も面白いポジション」にもなり得るのです。
この記事は、「一人情シスの末路」の続編です。今回は問題提起ではなく、具体的な解決策に焦点を当てます。便利屋で終わるのか、それとも会社のヒーローになるのか。その分かれ道は、あなたの「動き方」次第です。
なぜ「一人情シス」は“限界”を迎えるのか?構造的な問題点
戦略を語る前に、まず我々が戦っている敵の正体を正確に把握する必要があります。一人情シスが限界を迎えるのには、個人の能力とは別の、構造的な理由が存在します。
無限に広がる業務範囲(ヘルプデスクから経営戦略まで)
「PCが動かない」といった日常的なヘルプデスクから、サーバー・ネットワークの保守運用、セキュリティ対策、ソフトウェアのライセンス管理、新規ツールの導入検討、そして時には経営層へのIT戦略の助言まで。一人情シスの業務範囲には、実質的に上限がありません。全ての要求に真面目に応えようとすれば、1日24時間あっても足りないのは当然です。
孤独と知識の陳腐化
チームであれば、分からないことを同僚に相談したり、最新技術の情報を共有したりできます。しかし、一人情シスにはその相手がいません。日々の問い合わせ対応に追われる中で、新しい技術を学ぶ時間を確保するのは極めて困難です。結果として、自身の知識はどんどん古くなり、市場価値も下がっていくという恐怖に苛まれます。
経営層からの過小評価と予算不足
最も根深い問題がこれです。多くの中小企業において、経営層はITを「事業を成長させるための投資」ではなく、「動いて当たり前のコスト(経費)」としか認識していません。そのため、情シスの業務は正当に評価されず、新しいツールやインフラへの投資予算もなかなか承認されません。これが、一人情シスの疲弊と、会社全体のITレベルの停滞を招く元凶です。
生存戦略1:便利屋から脱却する「業務の可視化」と「断捨離」
最初のステップは、あなたが「どれだけ忙しいか」を、客観的なデータで証明することです。感覚的な「忙しい」という言葉は、経営層には響きません。
すべての依頼をチケット化する
電話や口頭での依頼は、今日から原則として禁止しましょう。全ての依頼を、JiraやTrello、あるいはシンプルなGoogleフォームなどを使ったチケットシステム経由に切り替えるのです。これは、あなたの業務量を記録し、分析するための、最も重要な第一歩です。
そして、日々舞い込んでくる問い合わせの解決スピードを上げるための、「物理的な武器」を持つことも重要です。例えば、「ネットに繋がらない」という問い合わせに対し、まず物理層の問題でないことを証明できれば、原因の切り分けが格段に速くなります。
サンワサプライ PoE LANケーブルテスター LAN-TST5
このようなシンプルなケーブルテスターが一つあるだけで、「ケーブルの問題」「ハブの問題」といった物理的な原因を数秒で特定できます。こうした小さな効率化の積み重ねが、あなたを日々の問い合わせ地獄から解放してくれます。
定量データで「見えないコスト」を暴く
チケットシステムにデータが溜まってきたら、それを分析します。例えば、「先月、私が対応した全120件の問い合わせのうち、40件はパスワードリセットに関するもので、合計20時間分の工数がかかっています」といった具体的なレポートを作成するのです。
「20時間」という時間を社長の時給に換算すれば、それは無視できない「見えないコスト」として可視化されます。「このコストを削減するために、セルフパスワードリセットツール(月額〇〇円)を導入しませんか?」といった提案には、具体的な説得力が生まれます。
やらないことを決める勇気
可視化されたデータは、「やらないこと」を決めるための強力な武器になります。「私の月間稼働時間は160時間です。データを見ると、現状は日々の運用保守だけで140時間が埋まっています。残り20時間で、A、B、Cのどの改善プロジェクトに着手すべきでしょうか?」と、経営層にボールを渡すのです。これにより、あなたは無限の要求に振り回される「便利屋」から、限られたリソースを最適配分する「戦略家」へと変わることができます。
生存戦略2:自分の分身を作る「自動化」と「仕組み化」
次に、あなた自身がいなくても業務が回る「仕組み」を作ります。目標は、あなたのクローン(分身)を、社内の至る所に配置することです。
反復作業はスクリプトの餌食にする
毎月行っている定型的な報告書の作成、新入社員のPCキッティングやアカウント発行、深夜のバックアップ作業。こうした反復作業は、積極的に自動化の対象としましょう。PowerShellやPythonなどのスクリプトを組む、あるいはRPAツールを活用することで、あなたの時間を生み出し、ヒューマンエラーも削減できます。
もし、あなたがこれまで本格的なプログラミング経験がないとしても、心配する必要はありません。こうした自動化の初歩を、実務に即して解説した入門書があります。
作業が一瞬で片付く Python自動化仕事術ファイル整理やデータ収集といった、日々の定型業務を自動化するための実践的なコードが満載で、すぐに業務に活かすことができます。
FAQとナレッジベースを育てる
問い合わせチケットのデータを分析すれば、「よくある質問」が見えてきます。それらの質問と回答を、ConfluenceやNotionといったツールに「FAQ」としてまとめるのです。問い合わせが来たら、まずそのFAQページのリンクを送る。これを徹底するだけで、同じ質問に何度も答えるという不毛な時間から解放されます。優れたナレッジベースは、24時間働くあなたの分身です。
社員を「教育」し、ITリテラシーの底上げを図る
究極の分身は、社員一人ひとりです。月に一度、30分だけでも良いので、全社員向けの「IT勉強会」を開催しましょう。「フィッシング詐欺の見分け方」「パスワード管理の基本」「Teamsの便利な使い方」など、テーマは何でも構いません。社員全体のITリテラシーが向上すれば、初歩的な問い合わせは自然と減少し、あなたにしかできない、より高度な業務に集中できるようになります。
生存戦略3:味方を作る「コミュニケーション」と「経営視点」
最後に、最も重要なのが、社内での「立ち回り」です。孤独なヒーローになる必要はありません。会社全体を巻き込み、あなたの「味方」を増やすのです。
ITの言語を「ビジネスの言語」に翻訳する
経営層に「サーバーのCPU使用率が90%を超えているので、リプレースが必要です」と言っても、彼らには響きません。彼らが理解できるのは、ビジネスの言葉だけです。
「現在、基幹システムが老朽化しており、このままだと1年以内に大規模障害が起きる可能性が80%です。もしそうなれば、丸2日間、受注業務が停止し、最大で〇〇万円の機会損失が発生します。このリスクを回避するために、〇〇円の投資を許可いただけないでしょうか。」
このように、技術的な問題を、事業リスクや投資対効果(ROI)という「ビジネスの言語」に翻訳して説明することが、PjMの視点を持つあなたならできるはずです。
そして、自信を持って経営層と対話するためには、自分自身の知識が体系的に整理されていることが不可欠です。断片的な知識ではなく、全体像を把握することで、提案の説得力は格段に増します。
ネットワーク、サーバー、クラウドといったインフラ技術の全体像を、この一冊で体系的に学び直すことができます。知識のアップデートと整理のために、手元に置いておきたい一冊です。
部署のキーマンとランチに行く
黙ってPCと向き合っているだけでは、味方は増えません。積極的に他部署に顔を出し、特に影響力のあるキーマンとは、意識的にコミュニケーションを取りましょう。ランチに誘い、彼らが日々の業務で何に困っているのか、どんな課題を抱えているのかをヒアリングするのです。彼らの課題をITで解決できれば、その人はあなたの強力な支持者となって、経営層への進言など、様々な場面であなたを助けてくれるでしょう。
小さな成功事例を作り、大々的にアピールする
経理部の面倒な手作業を自動化した。営業部のファイル共有のルールを整備して、探す時間を削減した。そうした「小さな成功事例」が生まれたら、決して内に秘めずに、社内チャットや朝礼などで大々的にアピールしましょう。「IT部門のおかげで、こんなに業務が楽になった」という感謝の声が、あなたの評価と、次の予算獲得の後押しになります。
まとめ
「一人情シス」というポジションは、間違いなく困難な道です。しかし、それは「末路」ではありません。
日々の問い合わせに追われるだけの「便利屋」で終わるか。
業務を可視化し、自動化し、そしてビジネスの言葉で経営層と対話することで、会社のIT全体を動かす「戦略家」になるか。
その選択権は、他の誰でもない、あなた自身が握っています。一人だからこそ、会社全体のITを俯瞰し、最も効果的な一手を打つことができる。そのダイナミックさは、大規模な組織の歯車として働く以上の、大きなやりがいと成長をもたらしてくれるはずです。この記事が、限界を感じているあなたの「生存戦略」のヒントになれば、これほど嬉しいことはありません。