ドキュメントは“書く”な、“育て”よ。ObsidianとAIで作る「リビング・ドキュメント」という未来

こんばんは!IT業界で働くアライグマです!

「プロジェクトで最も信頼できないものは何か? それは、3ヶ月前に作られた仕様書だ」

これは、多くの開発現場で、半ば冗談のように、しかし真実として語られる言葉です。私たちは、プロジェクトの成功のために、膨大な時間とエネルギーを費やしてドキュメントを作成します。仕様書、設計書、APIドキュメント…。しかし、それらのドキュメントは、完成した瞬間に、まるで生命を失ったかのように、急速に古びていきます。

そして、コードと乖離した「嘘つきのドキュメント」は、もはやチームの助けになるどころか、誤解を生み、バグの原因となり、プロジェクトを静かに蝕んでいく「負債」へと変わってしまうのです。

今日は、この、IT業界が長年抱える根深い呪いを解き放つための、新しい思想についてお話ししたいと思います。それが、「リビング・ドキュメント(生きているドキュメント)」という考え方です。そして、それをObsidianとAIという、現代の私たちに与えられた最高の武器で、いかにして実現するか、その具体的な方法論を徹底的に解説します。

なぜ、私たちのドキュメントは“死ぬ”のか?

この問題を解決するためには、まず、なぜ私たちのドキュメントが、いとも簡単に「死んで」しまうのか、その根本原因をPjMの視点から深掘りする必要があります。

時間的制約と、更新の非対称性

最も大きな原因は、開発のスピードに、ドキュメントの更新が追いつかない、という単純な事実です。アジャイル開発が主流の現代において、仕様は日々変化し、コードは絶え間なく修正されていきます。しかし、そのすべての変更を、ドキュメントに完璧に反映させ続けることは、物理的に不可能です。コードの修正はプロジェクトの「必須タスク」ですが、ドキュメントの更新は、しばしば「推奨タスク」として扱われ、優先順位を下げられてしまうのです。

所有権の不在と、責任の分散

「誰が、いつ、このドキュメントを最新に保つのか?」

この問いに、明確に答えられるプロジェクトは、実はそう多くありません。仕様書はPjMが、設計書はテックリードが、APIドキュメントはバックエンドエンジニアが書くかもしれません。しかし、一度書かれた後の「メンテナンス」の責任は、驚くほど曖昧です。結果として、誰も責任を持って更新しない「孤児」のようなドキュメントが、プロジェクト内に溢れかえることになります。

物理的な距離と、心理的な断絶

そして、これが最も本質的な問題かもしれません。コードはGitHubに、ドキュメントはConfluenceやGoogle Driveに、タスクはJiraに、そしてチームの議論はSlackに…。プロジェクトに関する情報が、物理的に、そして心理的に、完全に分断されているのです。

エンジニアがコードを書いている時、わざわざ別のツールを開いて、該当するドキュメントを探し出し、更新する、という行為は、思考のコンテキストスイッチを発生させ、非常に大きな心理的摩擦を生みます。この「面倒くささ」こそが、ドキュメントが更新されなくなる、最大の原因なのです。

「リビング・ドキュメント」を実現する、3つの柱

この根深い課題を解決し、ドキュメントを「死んだ成果物」から「生きている生命体」へと変えるために、私は3つの柱からなるエコシステムを構築すべきだと考えています。

柱1:Obsidianという「信頼できる唯一の情報源」

まず、分断された全ての情報を、一つの場所に集約する必要があります。そのための母艦として、私はObsidianが最適だと考えています。

なぜなら、Obsidianは単なるノートアプリではないからです。

  • ローカルファースト: 全てのデータが、あなたのローカルマシン上に、ただのMarkdownファイルとして保存されます。これにより、特定のプラットフォームに依存することなく、情報という最も重要な資産を、永続的に、そして安全に管理できます。
  • 双方向リンク: ノート同士を[[]]で囲むだけで、簡単に関連付けることができます。「仕様書」のノートと、その仕様について議論した「議事録」のノートが、双方向に繋がる。このリンクのネットワークが、情報のサイロ化を防ぎ、プロジェクトの全体像を、一つの有機的な知識体系として捉えることを可能にします。
  • 強力な検索とプラグイン: 全文検索はもちろん、Dataviewのようなプラグインを使えば、プロジェクトに関する情報を、データベースのようにクエリして、動的なサマリーページを作成することも可能です。

このObsidianを、プロジェクトの「信頼できる唯一の情報源(Single Source of Truth)」と位置づける。これが、第一の柱です。

柱2:「コードこそがドキュメント」という原則

次に、ドキュメントとコードの乖離を防ぐための、最も強力な原則を受け入れる必要があります。それは、「究極的には、コードそのものが、最も信頼できる仕様書である」という思想です。

文章で書かれた仕様書は、嘘をつくことがあります。しかし、今まさに動いているコードは、決して嘘をつきません。であるならば、私たちの努力の方向性は、コードから離れた場所に、もう一つの「完璧なドキュメント」を作ることではなく、コードそのものの「ドキュメント性」を高めることに向かうべきです。

  • 分かりやすい命名: getUserData()ではなく、fetchActiveUsersWithProfiles()のように、変数名や関数名を見ただけで、その役割が理解できるようにする。
  • PHPDoc/JSDocの徹底: 全てのメソッドや関数に、その目的、引数、返り値を、PHPDocのような標準化された形式で記述する。
  • 「Why」を語るコメント: 「何をしているか(How)」ではなく、「なぜ、このような実装にしたのか(Why)」という、コードだけでは伝わらない「設計上の意図」を、コメントとして残す。

柱3:AIという名の、勤勉な「庭師」

そして、この「リビング・ドキュメント」という、常に変化し続ける「庭」を、美しく、そして最新の状態に保ってくれるのが、AIという名の、勤勉な「庭師」です。

AIは、これまで人間が手作業で行っていた、面倒で、時間のかかるドキュメント更新作業を、肩代わりしてくれます。

  • コードからのドキュメント生成:コメントのないレガシーコードの塊をAIに渡し、「このPHPクラスの各メソッドの機能と、引数、返り値を推測し、PHPDoc形式のコメントを生成して」と依頼する。AIは、驚くほどの精度で、ドキュメントの「下書き」を作成してくれます。
  • 変更差分からのドキュメント更新:git diffの結果(コードの変更差分)をAIに与え、「このコード変更を基に、Obsidianで管理している関連ドキュメント『API仕様書.md』の、修正すべき箇所を指摘し、修正後の文章を提案して」と指示する。AIは、コードの変更が、ドキュメントにどのような影響を与えるかを分析し、更新作業を劇的に効率化します。

【PjM視点】これは、新しい「知識管理」の形

この「リビング・ドキュメント」というアプローチは、PjMの役割そのものを、再定義します。

もはや、PjMの仕事は、静的なドキュメントを「書く」ことではありません。コードと、ドキュメントと、チームの対話が、常に同期し続ける「知識のエコシステム」を設計し、維持すること。それこそが、これからのPjMに求められる、新しいスキルセットなのです。

このエコシステムが正しく機能すれば、

  • 新メンバーのオンボーディングは劇的に加速する: 彼らは、もはや古くなったドキュメントに惑わされることはありません。Obsidianという「信頼できる唯一の情報源」と、コードそのものから、プロジェクトの全てを学ぶことができます。
  • チーム全体の認識齟齬が減る: 全ての議論と決定事項が、Obsidianという一つの場所に集約され、リンクで繋がっているため、「言った、言わない」問題や、仕様の誤解が起こりにくくなります。
  • プロジェクトのリスクが低減する: コードとドキュメントが常に同期しているため、実装漏れや、仕様の考慮不足といった、手戻りの原因となるリスクを、早期に発見することができます。

まとめ

「リビング・ドキュメント」とは、特定のツールを導入すれば完成する、というものではありません。

それは、ドキュメントを「一度きりの成果物」ではなく、「プロジェクトと共に、継続的に育てるべき生命体」として捉える、という、私たち自身の思想の転換なのです。

Obsidianで知識の土壌を耕し、コードという幹を太く育て、そしてAIという庭師に、その枝葉を常に手入れしてもらう。

この新しいアプローチを取り入れることで、私たちは「ドキュメントを書く」という、これまで多くの開発者を苦しめてきた作業から解放され、より創造的で、より本質的な開発に、その貴重な時間と情熱を注ぐことができるようになるでしょう。