「この仕様書、最高に分かりやすいな!」とエンジニアに言わせる、PjMの技術仕様書 作成術

こんばんは!IT業界で働くアライグマです!

「完璧な仕様書」というものは、おそらくこの世に存在しません。しかし、チームの無駄な時間を奪い、エンジニアの意欲を削ぎ、プロジェクトを静かに失敗へと導く「ダメな仕様書」は、残念ながら確実に存在します。

PjMとして、あるいは開発のリーダーとして、あなたが書いた仕様書は、チームにとって明確な「道標」になっているでしょうか。それとも、解読が必要な「古代文書」になってしまってはいないでしょうか。私自身、PjMとして多くの仕様書を書き、エンジニアとして多くの仕様書を読んできた中で、数えきれないほどの失敗と試行錯誤を繰り返してきました。

今日は、その経験から導き出した、エンジニアとの無用なコミュニケーションコストをなくし、手戻りを劇的に減らすための「伝わる仕様書」の書き方について、私が普段から実践している具体的なテクニックと、その背景にある思想を、余すところなくお話しします。

なぜ「分かりにくい仕様書」が生まれてしまうのか?

多くの開発現場で「分かりにくい仕様書」が量産されてしまうのには、いくつかの構造的な原因があります。これは、誰か一人が悪いのではなく、プロジェクトの進め方そのものに潜む、根深い問題です。

  • 「What(何を作るか)」しか書かれていない最も多いのがこのケースです。「ユーザー一覧画面を作ってください」という指示だけでは、エンジニアは「なぜ、誰のために、その画面が必要なのか」を理解できません。例えば、「管理者ユーザーが、不正利用の疑いがあるユーザーを迅速に特定するため」という目的が共有されていれば、エンジニアは「それなら、最終ログイン日時や登録IPアドレスも表示すべきでは?」といった、より本質的な提案ができます。背景や目的(Why)の欠如が、エンジニアを単なる「作業者」にしてしまうのです。
  • 「Happy Path(正常系)」しか書かれていない仕様書が、ユーザーが理想的な操作をした場合の「正常な流れ」しか記述していないケースです。しかし、実際のユーザーは私たちの想像を超えた操作をします。PjMの仕事は、その「まさか」を想像し、先回りして定義しておくことです。「もしユーザーが存在しなかったら」「もし不正な値が入力されたら」「もしAPIの通信中にタイムアウトしたら」…。これらの異常系(Unhappy Path)の考慮が抜け落ちていると、そのしわ寄せは全て、実装段階のエンジニアに行くことになります。
  • 文章ばかりで、図や表がない人間の脳は、長々としたテキストよりも、視覚的な情報を処理する方が得意です。特に、複雑な業務フロー、画面遷移、データベースの関連などを文章だけで伝えようとすることには限界があります。「ユーザーがAボタンを押したらB画面に遷移し、Cという条件を満たしていればDというダイアログを表示する」と文章で書くよりも、一本の線と四角で描かれた画面遷移図の方が、100倍正確に、そして瞬時に意図を伝えられるのです。

エンジニアが喜ぶ「技術仕様書」に必須の構成要素

では、「分かりやすい仕様書」とは、具体的にどのような要素で構成すれば良いのでしょうか。私が実際に使っている、仕様書の基本テンプレート(骨格)を、より詳細な解説付きでご紹介します。

プロジェクトの背景と目的 (The Why)

まず最初に、この機能が「誰の、どんな課題を解決するために存在するのか」を記述します。ここには、ビジネス上のゴール(例:ユーザーの離脱率を5%改善する)や、ユーザーからの具体的な要望などを記載します。ここが、チーム全員が同じ方向を向くための、最も重要なコンパスになります。

機能要求リスト (The What)

この機能で、ユーザーが「できるようになること」を、箇条書きで明確に、そして簡潔にリストアップします。ここでのポイントは、「ユーザー」を主語にすることです。

  • 悪い例: ユーザー登録フォームを作る。
  • 良い例: ユーザーは、メールアドレスとパスワードを使って、新しいアカウントを登録できる。

UI/UXのワイヤーフレーム

完璧なデザインカンプは不要です。手書きのスケッチや、パワーポイント、あるいはFigmaのようなツールで作った、ごく簡単な画面の構成図(ワイヤーフレーム)や画面遷移図を添付します。「百聞は一見に如かず」。特に、ボタンを押した後の挙動や、表示されるメッセージなどを具体的に示すことで、エンジニアの実装イメージが格段にクリアになります。

データモデルとバリデーションルール

その機能がどんな「データ」を、どんな「制約」で扱うのかを定義します。

  • データモデル: 関連するデータベースのテーブル設計(カラム名、データ型、制約など)や、APIでやり取りするJSONの具体的な構造を、コードブロックなどを使って明記します。
  • バリデーションルール: ユーザーが入力するフォームの各項目について、具体的なルールを表形式でまとめると非常に分かりやすくなります。(例:「name | 必須 | 文字列 | 最大255文字」)

異常系の考慮

開発者が最も「ありがとう」と感じるのが、このセクションです。考えられる限りのエラーケースを洗い出し、その際の挙動を定義します。

  • 入力エラー: 「パスワードが8文字未満の場合、〇〇というエラーメッセージを表示する」
  • システムエラー: 「データベースへの保存に失敗した場合、ユーザーには『エラーが発生しました。時間をおいて再度お試しください』と表示し、開発チームにはエラーログを送信する」
  • 権限エラー: 「一般ユーザーが管理者ページにアクセスしようとした場合、403エラー画面にリダイレクトする」ここまで書かれていれば、エンジニアは安心して実装に集中できます。

バージョン管理と変更履歴

仕様書もまた、ソースコードと同じく「変更」されていくものです。最初のバージョン(v1.0)をいつ作成し、誰が、いつ、なぜ、どこを変更したのか、という変更履歴をドキュメントの冒頭に記載するルールを設けましょう。これにより、「言った、言わない」問題や、古い仕様書を見て実装してしまう、といった悲劇を防ぐことができます。

【実践テクニック】仕様の「解像度」を上げる3つの習慣

良い仕様書は、一度で完成するものではありません。その質(解像度)を高めるために、私が実践している3つの習慣をご紹介します。

エンジニアを巻き込む

仕様書をPjMが一人で完璧にしようとするのは、最も非効率で、危険なやり方です。ドラフト(下書き)の段階で、臆せずにエンジニアに見せ、「技術的に無理な点はないか」「もっと良い実現方法はないか」「この記述で不明な点はないか」と、積極的にフィードバックを求めましょう。この「壁打ち」が、後の手戻りを防ぐ最大の防御策になります。特に、経験豊富なエンジニアからの「この仕様だと、将来〇〇で問題が起きる可能性がある」という指摘は、金銭的価値に換算できないほど貴重です。

図で語る

言葉で説明すると複雑になるものは、とにかく図にしましょう。無料の作図ツール(draw.ioなど)を使えば、誰でも簡単にプロフェッショナルな図を作成できます。

  • 業務フロー図: ユーザーの操作や、データの流れを可視化する。
  • シーケンス図: API連携など、複数のシステム間のやり取りを時系列で表現する。
  • ER図: データベースのテーブル同士の関連を表現する。仕様書にこれらの図が一つあるだけで、エンジニアの理解度は飛躍的に向上し、あなたの評価も上がること間違いなしです。

自分自身でレビューする

書き終えた仕様書を、一晩寝かせてから、自分が「このプロジェクトに今日配属された、何も知らない新人エンジニア」になったつもりで読み返してみます。そして、「この記述だけで、誰にも質問せずに、迷わず実装に着手できるか?」と自問自答するのです。少しでも疑問が湧いた箇所、少しでも解釈の余地がある表現、それらが全て、追記・修正すべきポイントです。

まとめ

良い仕様書とは、PjMからエンジニアへの単なる「指示書」ではありません。それは、チーム全員の認識を一つに束ねる「共通言語」であり、プロジェクトという船をゴールまで導く「航海図」です。

PjMの仕事は、決して一人で仕様を決めることではありません。エンジニアという最高のパートナーと対話し、彼らの能力を最大限に引き出し、共に最高のプロダクトを創り上げるための「環境」を整えること。そして、その中核をなすのが、質の高い技術仕様書なのです。

仕様書の質を高めるという、一見地味な作業こそが、チームの生産性を最大化し、無用な対立をなくし、全員が気持ちよく創造的な仕事に集中できる環境を作るための、PjMにできる最大級の貢献なのだと、私は信じています。